第8回コーポレートファイナンス国際コンファランス:新興市場における気候変動リスクと生物多様性マネジメント

2025/10/08

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7月31日、8月1日の両日、本学佐野書院において、みずほ証券寄付講義のご支援の下、Darla Moore School of Business, University of South Carolina と本学が共催する第8回コーポレートファイナンス国際コンファランス が開催されました。今回は、「新興市場における気候変動リスクと生物多様性マネジメントに向けた革新的ファイナンス」をテーマとして、欧米・アジアからの研究者が一橋大学に集まり、多様な視点で活発なディスカッションを行いました。

第1セッション「気候変動に関する開示:市場との関連性およびサプライチェーンの影響」/Chairperson:John Goodell氏(University of Akron)

「TCFDへの報告:気候変動に関する開示の市場との関連性(あるいは無関連)についての初期分析」
プレゼンター:Elizabeth Demers氏(University of Waterloo)
討論者:Andrea Paltrinieri氏(Catholic University of the Sacred Heart)

「気候変動リスクは企業によるサプライチェーンに関する情報開示に影響を与えるか? 自然災害からの実証分析」
プレゼンター:Yongtae Kim氏(Santa Clara University)
討論者:内田交謹氏(早稲田大学)

セッション1では、気候変動に関する企業の情報開示についてさまざまな視点で議論が行われました。一人目のプレゼンターのDemers氏からは、気候変動リスクによる財務インパクトの予測に関する情報開示がTCFDなどにより義務化されつつある中で、金融市場による予測値への反応に注目した初めての研究として報告がありました。Demers氏によると、現時点では予測値に用いられるデータが不充分であること、また金融市場は予測値を株価に反映していないことが明らかになりました。二人目のプレゼンターのKim氏からは、自然災害時に企業がサプライチェーンのリスクも含めて情報開示の頻度を高める行動が見られ、投資家もサプライチェーン被害による業績見通しの変更に対する情報ニーズを高めるとの調査結果が示されました。

※ 気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)

キーノートスピーチ「自然移行計画のリスクを測る」/ Hao Liang氏(Singapore Management University)

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Liang氏によるキーノートスピーチ

Liang氏は、気候変動リスクに関する金融市場における指標は広く認識されるようになった一方で、まだ共通認識が確立していない自然リスクに注目して考察しました。自然関連のリスクは、自然環境の悪化による物理的リスクと、自然に優しい社会への移行に伴う経済的・社会的コストを含む移行リスクに分けられると解説。また、自然環境の悪化が企業に及ぼす影響だけではなく、企業の事業活動による自然への影響についてもダブルマテリアリティとして考慮する必要があると説明しました。現段階では物理的リスクについては、種の減少による直接の損害を被る食品業界など一部を除いてはほとんど注目されておらず、金融市場においても数値に織り込まれていない状況を報告しました。一方、移行リスクについては、近年関心が高まっており、自然関連の規制コストの増加に対する株式市場の反応や、実際の自然災害への補償や復興・予防対策費用などを用いて移行リスクを指標化することで、企業と投資家が共通認識を持つことが重要であると提唱しました。

セッション2「企業の生物多様性への取組みおよび資本市場」/Chairperson: Elizabeth Demers氏(University of Waterloo)

「市場が注目する時:生物多様性リスクの財務的評価における差別の存在」
プレゼンター:Duan Rui氏(McMaster University)
討論者:安武妙子氏(創価大学)

「価格がつけられないものを値付けする:生物多様性保護の財務的コスト」
プレゼンター:Gao Haoyu氏(Renmin University of China)
討論者:岩田聖徳氏(東京経済大学)

「銀行融資契約における企業の生物多様性フットプリントの影響」
プレゼンター:Weiqiang Tan氏(The Education University of Hong Kong)
討論者:安田行宏教授(一橋大学経営管理研究科)

企業による生物多様性への影響や企業が被るリスクの評価をテーマとして、3つのプレゼンテーションが行われました。Rui氏は、生物多様性リスクの株価への影響はイベントによる一時的なものに留まらず持続的であること、自然悪化への直接関与は株価に影響するものの間接的な関与は無視されていること、株価影響には差があり、生物多様性への関与の度合いや課題としての認識レベル、測定可能性により異なるとの研究成果を示し、市場ベースによる生物多様性喪失への対処の限界を示唆しました。Haoyu氏は、生物多様性保全にかかる多大な経済的コストに対する金融市場による評価に関して研究し、2017年に中国で開始された生物多様性に関する規制イニシアチブ「グリーンシールド行動」の成果として、生物多様性が改善した一方で、自然保護区を有する自治体の債券利回りの大幅な上昇があったと報告しました。またTan氏は、銀行による融資の際のスプレッドに生物多様性リスクが反映されているとの調査結果を報告しました。

セッション3「生物多様性リスクに対する企業のエクスポージャー」/Chairperson:Yongtae Kim氏(Santa Clara University)

「気候変動に関する情報開示と株価急落リスク:日本企業の実証分析」
プレゼンター:Donglai Ning氏(一橋大学大学院経営管理研究科)
討論者:Zuobao "Eddie" Wei氏(The University of Texas at El Paso)

「新興市場における生物多様性に関する企業のコミットメントに対する市場の反応」
プレゼンター:Alessia Palma氏(Jilin University)
討論者:Min-Ming Wen教授(一橋大学大学院経営管理研究科)

「生物多様性リスクの評価と運転資本管理の効率性」
プレゼンター:Andrea Paltrinieri氏(Catholic University of Sacred Heart)
討論者:Tongxia Li講師(一橋大学大学院経営管理研究科)

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活発な質疑応答

企業による生物多様性への取組みに対して金融市場がどのように反応するかをテーマに議論が展開されました。Ning氏は、TCFD枠組みの採用と株価暴落リスクの関係性について日本企業をサンプルとして調査した結果、特に規制を受けて後発的にTCFDを採用した企業やESG評価を受けていない企業においてリスクが大きいと報告しました。Palma氏からは、新興国においては企業の生物多様性への取組みが株価安定に寄与するとの調査結果が紹介され、特に公的部門による脆弱な自然保護を補完する意義もあるとの議論がありました。Paltrinieri氏は、企業の生物多様性への取組みが過剰な正味運転資本の削減に有効であるとの調査結果を示し、業績向上に向けた投資を含む最適な資本構造の構築において、生物多様性リスクの評価が戦略的に重要であると論じました。

セッション4「ESG、情報開示、企業倫理」/Chairperson:Hao Liang氏(Singapore Management University)

「生物多様性リスクの分解」
プレゼンター:Andreas Hoepner氏(University College Dublin)
討論者:小野有人氏(中央大学)

「租税回避とESG情報開示の義務化:国際的実証分析」
プレゼンター:Hyo Jin Yoon氏(University of Texas at El Paso)
討論者:Maretno Harjoto氏(Pepperdine University、名古屋大学)

「資産クラス全体へのインパクト:離脱、発言、あるいは(再)投資拒否?」
プレゼンター:Fabiola Schneider氏(University College Dublin(UCD))
討論者:John Goodell氏(University of Akron)

「銀行の倫理観は、マイノリティ層の住宅ローンへのアクセスを改善するか?」
プレゼンター:Linh Nguyen氏(University of St Andrews)
討論者:白須洋子氏(青山学院大学)

Hoepner氏は、生物多様性と気候変動の2つの課題を分解し、かつ企業が自然に与えるインパクト(Impact Materiality)と企業が自然から被る影響(Financial Materiality)を分けて考察し、その上で、気候変動への対応を伴った自然保護の取組みは2つのMaterialityにおいてリスクを低減するとの分析を示しました。また、気候変動に関係しない、あるいは規制による義務化のない状態での無制限な自然保護は、企業の取組みとして観察できなかったと報告しました。Yoon氏は企業の税務行動に注目し、ESG情報の開示義務化が企業の透明性向上とESG取組みの強化をもたらすというメカニズムを通じて、租税回避行動を減らすことを実証しました。Schneider氏は、インパクト投資では「離脱・発言」により企業に対し影響力を行使するが、高い負債資本比率の企業や低い格付け企業に対しては「再投資の拒否」も有効なインパクトとなるとの考察を紹介しました。Nguyen氏は、銀行の企業倫理と実際の融資行動との関係について分析し、高い企業倫理を持つ銀行は、住宅ローンの融資契約においてマイノリティの比率が高く、かつ利率を低く設定する傾向があるとの調査結果を紹介し、規制当局が銀行の倫理的行動を促進する努力を支持する結果となっていることを報告しました。

セッション5「環境規制、情報開示、経済的影響」/Chairperson:Andreas Hoepner氏(University College Dublin)

「開示要件は環境政策の影響を変えるか?企業価値に関する国際的実証分析」
プレゼンター:内田交謹氏(早稲田大学)
討論者:Donglai Ning氏(一橋大学大学院経営管理研究科)

「土壌・水質汚染の経済・金融へのインプリケーション:2011年東日本大震災からの実証分析」
プレゼンター:Jun Myung Song講師(一橋大学大学院経営管理研究科)
討論者:植杉威一郎教授(一橋大学経済研究所)

「地球温暖化ガス排出のスコープ3情報開示:石油・ガス製造企業の実証分析」
プレゼンター:Maretno Harjoto氏(Pepperdine University and Nagoya University)
討論者:Chun Lu講師(一橋大学大学院経営管理研究科)

内田氏は、情報開示の状況によって環境政策の厳格化が企業価値にどのような影響を与えるかを分析し、開示レベルが低い国においては環境政策の厳格化が企業価値にとってマイナスとなる一方、高い開示状況の国では政策のマイナス影響が緩和されることを実証的に明かにしました。加えて、開示レベルの高い国においては、財務的制約の少ない企業は環境取組みへの投資機会を逃さずむしろ企業価値を向上させ得るという調査結果を報告しました。Song氏は、土地・水質汚染と企業との関係について、2011年の東日本大震災による影響に注目して調査し、震災後の日本企業では汚染物質への対策コストが増加した一方、韓国企業ではむしろ減少し、中国企業では変化が見られなかったという結果を明らかにしました。また株式リターンの分析では、21年の福島第一原発からの処理水放出後に韓国・中国企業において汚染リスクが株価に顕著に反映されたと説明しました。Harjoto氏は、地球温暖化ガス排出に関する情報開示の中でもさまざまな要素を含むスコープ3に対する金融市場の反応を考察しました。中でも、販売済み製品の使用による温暖化ガス排出の情報開示に対する市場の反応を分析するため、コロナ禍での交通ストップによる排出激減を示した石油ガス企業のスコープ3をサンプルとして調査を行ったところ、投資家が否定的な反応を示したことが明らかとなりました。たとえ自主的な情報開示であっても製品使用の減少が株式のリスクプレミアムにつながることを示唆するものとして報告されました。

 

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