わたしの一冊 一橋大学教員のお薦めの本
第2回 福川裕徳(経営管理研究科教授)

2023/05/30

山岸俊男(1998)
『信頼の構造 心と社会の心理ゲーム』東京大学出版会. 

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本書との出会いは大学院生時代に遡ります。本屋を散策していたところ、新刊として並んでいたのをたまたま見つけました。自身の研究分野(監査論)とは直接関係のない分野の研究書でしたが、何となく興味をそそられ入手しました。この偶然が当時の私の研究を大きく進展させることになります。

目に止まったのは「信頼性」と「信頼」との区別についての記述です。信頼される側の特性としての「信頼性」と信頼する側の特性である「信頼」とは区別されるべきことが強調されていました。当時、監査研究において両者は明確に区別されておらず、(後になって考えてみると)そのことが原因となって、私の研究は行き詰まっていました。この記述を基に、財務諸表の属性としての信頼性と、監査によって高められる財務諸表に対する信頼とを区別し、「監査は、財務諸表の信頼性の程度を明らかにすることによって、当該財務諸表に対する利用者の信頼を高める」と捉えることで、直面していた課題がうまく整理されました。この考え方は、その後数年間の私の研究の中核をなすことになります。

一冊の本との偶然の出会いがその後の人生に大きく影響することがあると言われます。本書は私にとってまさにそういう一冊です。昨今、オンラインで簡単に欲しい本を入手できるようになっています。しかし、オンラインではなかなか偶然の出会いは得られません。本屋の店頭だからこその遭遇もあるはずです。次の休日、新たな出会いを探して本屋に足を運んでみてはいかがでしょうか。

【Information】一橋大学附属図書館

山岸俊男(1998)
『信頼の構造 心と社会の心理ゲーム』東京大学出版会.