みずほ証券×一橋大学 健康経営・ワーク・モチベーションと日本企業の財務特性・『ガバナンス改革』の学術コンファランス

2025/06/12

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去る3月、本学千代田キャンパスにおいて、「みずほ証券×一橋大学 健康経営・ワーク・モチベーションと日本企業の財務特性・『ガバナンス改革』の学術コンファランス」が行われました。一橋大学とみずほ証券は、かねてより企業金融に関する教育・研究の充実を図るため、金融や経営に関する寄附講義の開設や共同研究などを進めてきました。今回のコンファランスでは、幅広いテーマの下、研究者が一堂に会し、それぞれの研究成果を報告した上で、他の領域からの質問や意見が交わされ、多様な視点で学際的なディスカッションが展開されました。

<午前の部>健康経営・ワーク・モチベーション

Ⅰ.「健康経営の教育への展開」 座長:和田裕雄氏(順天堂大学)

第1報告:橋本泰輔氏 (経済産業省)
「健康経営の現状と今後の方向性」

日本政府は、2016年より「健康経営優良法人認定制度」を行っており、2024年度の申請法人数は約2万4千社、認定法人で働く従業員数は991万人(日本の被雇用者の約16%)に達します。本制度では、申請法人に健康経営の取組みに関する調査を依頼し、回答した法人に対してフィードバックを行い、各社における取組み強化に役立ててもらっています。また、自社の認定を採用活動で訴求したり、中小の認定企業に対する国や地域からのインセンティブが図られるなど、各方面に拡がりを見せています。近年特に注目しているテーマの一つは女性特有の健康課題で、近く女性の健康施策の効果検証プロジェクトを開始します。全体としては、健康経営を日本の経済社会を支える基盤とするため、健康経営の可視化と質の向上や、新たなマーケットの創出、健康経営の社会への浸透・定着に取り組んでいきます。

第2報告:樋口毅氏 (株式会社ルネサンス 執行役員 健康価値共創部長・NPO法人健康経営研究会 理事・健康長寿産業連合会事務局長・健康経営会議実行委員会 事務局長)
「健康経営に関する実践」

健康経営研究会では、「健康経営®」の商標登録を有し、その理念の普及と社会実装を目的に、商標使用の承認や政策提言、ビジネスモデル構築、啓発活動を行っています。2025年に団塊世代が75歳以上、2040年には団塊ジュニアが65歳以上となり、労働人口の減少と社会保障費の増大という構造的課題が顕在化します。今後は「長く・健康に働ける社会」を築くための実践が求められます。健康経営は、従業員の健康管理から人的資本経営へと進化し、今後は「人」を社会資本と捉え、企業と社会全体で支える視点が重要です。個人・組織・地域の健康がつながる共創型の健康経営の構築を通じて、新たな社会価値の創出をめざします。

第3報告:和田裕雄氏(順天堂大学)
「健康経営:メカニズムについての考察と教育への展開」

健康経営の実装にはエビデンスの確立が不可欠です。これまでに、健康経営銘柄の発表と株価の動きについて安田行宏教授(本学経営管理研究科)と共同研究を行ってきました。現在は、従業員の健康と企業の業績との関連性を解明するために調査研究を進めています。特に、疲労の一症状である眠気と、モチベーションやエンゲージメントの関係を研究しており、職域や大学において調査を行っています。その中で、眠気が高まることで自律的な向社会的モチベーションは低下する一方、仕事を義務的に感じ疲労感が増すことや、眠気の強さがワークエンゲージメントに影響することが明らかになってきました。今後は、経営学・経済学領域との学際研究をさらに進めていきます。

Ⅱ.「ワーク・モチベーションの最新動向」 座長:島貫智行氏(中央大学)

報告:島貫智行氏(中央大学)
「仕事におけるスライビング(Thriving at Work)の探索的分析」

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活発な意見交換が行われました

組織行動研究の「仕事におけるスライビング(Thriving at Work)」という概念に注目しています。スライビングとワークエンゲージメントはいずれも仕事に対するポジティブな心理状態を扱っていますが、スライビングは活力感に加え学習感を構成要素とするため、仕事を通じた成長実感を捉えていると考えられます。日本企業の従業員を対象とした質問票調査データの分析によれば、スライビングはワークエンゲージメントよりも革新的職務行動や知識共有行動と強い正の関連があり、離職意思とは負の関連があることが分かりました。スライビングに関する日本の研究は始まったばかりであり、今後はスライビングを向上する人事・組織マネジメントについての研究蓄積が期待されます。

<午後の部>日本企業の財務特性と「ガバナンス改革」
文部省科学研究費基盤A(研究代表 安田行宏教授・本学経営管理研究科)

Ⅲ.「企業のリスクテイキング、現金保有とM&A」 座長:藤谷涼佑講師(本学経営管理研究科)

第1報告:齋藤巡友氏(桃山学院大学)
「日本におけるコーポレート・ガバナンス改革と企業のリスクテイキング」

日本におけるコーポレート・ガバナンス(CG)改革の企業行動への影響を考察するため、社外取締役の増員に注目して企業のリスクテイクとの関係を検証しました。過剰投資問題が懸念される企業では社外取締役の増員によりリスクテイクに積極的になる、またはそうでない企業ほどにはリスクテイクが抑制されないことが明らかとなりました。また、IT分野や高付加価値技術を活用する企業など社外取締役にとって情報獲得コストが高い企業では、社外取締役の増員によりリスクテイクが抑制される傾向にあることが確認されました。以上のことから、企業のリスクテイクに関してはCG改革が必ずしも意図した通りに機能していないことが示唆されました。

第2報告:服部正純教授(本学経営管理研究科)
The Real Effects of Corporate Cash Holdings in the Evolution of Financial Strategy: Evidence from Japan

日本では、企業の現預金の高さを批判する意見がありますが、無為に積み上げているわけではないのでは、との問題意識から、現金保有が企業の投資行動に及ぼす効果を検証しました。その結果、2008年のリーマンショック直前に比較的現金保有が高かった企業は、危機直後の一定期間においてより大規模な設備投資を行ったことが分かりました。この結果は、他国での先行研究と同様の結果ですが、日本における現金保有と投資行動の関係の強さはリーマンショックよりもかなり前から存在してきた事実もわかりました。これは、1990 年代後半の銀行危機の後に企業が銀行融資への依存度を見直し、投資の源泉として内部資金を重視する傾向が強まったという背景が考えられ、分析の結果としてこの仮説の妥当性が確認されました。他国に先んじる歴史的経験が企業の現金保有の実質的意義を変えたと言えます。

第3報告:白須洋子氏(青山学院大学)
Do foreign bank investors promote acquirer bank value in Asia-Pacific countries?

近年、日本の銀行がアジアにおいて現地の銀行を買収するケースが増えてきています。そこで本研究では、アジアにおける外資による銀行買収について、機関投資家のタイプ別にその後のパフォーマンスへの影響を調査しました。その結果、外資系機関投資家の中でも、銀行による買収のケースでは、その後の収入源が多様化し業績が向上することが分かりました。一方、投資ファンド等の買収のケースでは、短期的なコスト削減はあるものの、長期的には中核事業の拡大に失敗する傾向がありました。アジアでは複雑な銀行業界に対して、よりモニタリングが強力な外資銀行が、投資家としての影響力を通じて戦略的に買収銀行のパフォーマンスを向上させられることを示唆しています。

Ⅳ.「日本企業の資本構成と株主優待」 座長:安田行宏教授(本学経営管理研究科)

第1報告:戸村肇氏(早稲田大学)
Shifting Balance of Conflicting Corporate Governance Effects on Leverage: Evidence from Japan

本研究では、コーポレート・ガバナンス(CG)が企業のレバレッジに及ぼす影響を調査しました。株式持合い比率を企業のCGの強弱の代理指標として用い、2004年から19年までの日本の非金融上場企業のデータを分析。その結果、2000年代半ばまでは、弱いCGが借入による資金調達を容易にしたため、高い持合い比率(即ち弱いCG)とレバレッジの高さは正の相関を示しました。しかし、その後は経営者の保身姿勢の下でレバレッジは低下し、2010年代末には高い持合い比率が低いレバレッジに関連するようになりました。これにより、CGのレバレッジへの影響の複数経路の存在を確認するとともに、そのバランスが時間により変化することを実証しました。また、調査期間を通じて、弱いCGが事業リスクに備えた企業の現金保有に対してマイナスに影響することも明らかになりました。

第2報告:安武妙子氏(創価大学)
「株主優待:企業の導入目的と投資家による評価」

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日本企業に多く見られる株主優待について、導入企業にとっての動機に関して調査しました。先行研究では、個人投資家から選好されることで株主数を増やすという分析があり、東証の上場要件の一つである高い株主数が制度導入の動機となっていることが示唆されていました。本研究では、東証の再編に伴い株主数基準が緩和されると優待制度を廃止する企業が増えた一方で、自社製品を優待品として提供する企業や、⾧期株主への追加優待を実施する企業の場合は、マーケティング目的やIR目的でも株主優待を利用する可能性が高いことが明らかになりました。株主優待は、現金配当や自社株買いに比較し余分なコストを伴うため一見非合理的に思えますが、導入企業ではその戦略的な意思決定を反映しているとも言えます。