2026/04/28
一橋大学は2025年9月に創立150周年を迎えました。今回のテーマトークでは、150周年を記念して編纂された冊子『一橋大学150年の軌跡』に寄稿した、田中一弘教授と島本実教授(ともに経営管理研究科)が、商学部・経営管理研究科の歩みと次世代へのメッセージについて大いに語り合いました。(「商学部・経営管理研究科の歩み」もご参照ください)
一橋の研究
1980年代の転換期
島本:一橋の研究の歩みを振り返ると、あるところまではドイツ経営学の先生方が非常に権威を持っていらっしゃったんですけど、その後、学外からアメリカの流儀を学ばれた先生方が入ってこられて、生え抜きの先生とのインタラクションで大きく発展があったということを、記念誌の『150年の軌跡』に書きました。
田中:それは1980年代の出来事ですね。当時成長著しかった日本企業に着目し、その現実を真正面から研究の対象にするという方向に大きく転換していった。企業経営を実証的に研究するというのは今から見たら当たり前のことですけど、あの当時、学問といえば西洋の書物に学ぶというのが専らでしたから、やはり革新的なことだったわけです。経営学の領域では日本の他の大学に先駆けての転換だったと言えるでしょう。そうした変わり目に、私たちはちょうど学部生として在学していました。学部生ながら、ものすごい活気を感じたものです。
島本:商学部でとくにアメリカから帰ってきた先生方の授業は、断然違っていました。座っている学生に対して講壇を降りてどんどん迫ってきて、どんどん質問する。「君はこの問題に対してどう考えるんだ」と。とにかく面食らいました。今思えばビジネススクール流ですよね。それまでの世代の先生方とは全く違う雰囲気がありました。ドイツ流の学の蘊奥(うんのう)を極めるというような大学に、軽やかな風が吹くようになった気がしました。
一橋出身の経営者
中興の祖
島本:一橋大学出身の経営者には、中興の祖となるような人が結構います。有能な娘婿として組織を率いるパターンとして、古くはキッコーマンの元社長・茂木啓三郎さんから今では松井証券の元社長・松井道夫さんがいます。また平時には目立たなくても、有事の際にはさっと現れて、組織を大きく変えていく。ある意味危機に強く、苦境の中での舵取りを行うような人です。例えば、東日本大震災の直後に抜擢された、東京電力ホールディングスの元社長・廣瀬直己さんが思い浮かびます。大企業では、平時には組織としてうまく対応するような人間が必要かもしれませんが、危機からの回復の際には個人の確かな判断や強い意思が試されます。中興の祖や有事に強い人物とはいざというときのそうした決断力と行動力をもちあわせた人です。
田中:以前、卒業生の佐伯進さん(ノリタケ株式会社元社長)が本学の広報誌『HQ』17号のインタビューで語っていたのは、一橋大学というのは当時には珍しく、個体の重要性というのを教えてくれた、つまり、個人の倫理によって組織の倫理を浄化する、ということを教えてくれた。倫理や道徳が組織に求められるように言いますが、その組織が本当に倫理的であるためには、個人がしっかりしていなければいけないっていうのは、まったくその通りだと思います。
これは別の卒業生に伺った話ですが、その方によると、一橋出身者には、会社の中で正義を通すために、あるいは不正に抗うために、組織の中で厳しい立場にたってしまい、それでもなお正義を貫き通すという人が結構多いそうです。実は私もそういう人を何人か知っています。
島本:一橋を卒業して経営者になられた方々で、ご自身が信じる義を通して経営にあたるというところは、結構、特徴としてあるかもしれません。だいたい若い頃には生意気だと上に嫌われて、それで飛ばされて、でもやっぱり能力があるから、最後は戻されるといった例はありますよね。トヨタ自動車の元社長・奥田碩さんはそういう例ですよね。自分が正しいと思うことを貫けば、そういう人は組織の中では、単に如才なく振る舞うだけではいかないはずです。ただし、そういう人が抜擢された時には、水を得た魚のようになるということが起こるのはよくわかります。私情を離れた合理性みたいなものがいつもあって、そういう視点を持っているということですね。もう一方で言えば、それが公正さの源泉でもあるわけで、この組織にとって何が大事かというところに立脚点を持って人を選んだり、経営の施策を実行しているのではないでしょうか。
次世代へのメッセージ
Captains of Industry
田中:「Captains of Industry(産業の指揮官)」というと、単に産業界での活動を通じて新しい世界を切り開いていく勇ましいリーダーみたいな感じに受け取られるかもしれませんが、そうじゃないんですよね。少なくとも、この言葉の出典であるトマス・カーライル『過去と現在』で言われているCaptains of Industryは、倫理的なリーダーです。Captains of Industry は第一に拝金主義ではない。利益を第一にはしない。第二に、人と人との間の信頼関係を大事にする。これは一つ目とも関係します。互いの損得だけで結びつくのではありません。忠誠とかコミットメントといったことを大切にして、お互いがお互いのために力を尽くす。この二つを大事にしながら、しかし産業界の指揮官である以上、利益をきっちりあげます。道徳的なことを第一にしながら、着実に利益を上げていくというのが、Captains of Industryの本来の意味なんです。
私が学生のころは「キャプテン・オブ・インダストリー」とカタカナで表記され、「産業の総帥」と訳されていました。ただ「総帥」と言ってしまうと、いまの経団連会長のように、経済界全体を率いていく人のように思えてしまいますが、カーライルがいうCaptains of Industryは個々の企業を率いていく経営者のことです。それぞれの企業で、道徳に立脚しつつ、働いている人たちを本当に心からモチベートして信頼を受け、それで一緒になって戦っていく。その過程で戦果としての利益もしっかり確保する。そういう経営リーダー像をカーライルは説いているわけです。この考え方は、カーライルの影響を受けた経済学者のアルフレッド・マーシャルが唱えた「経済騎士道」にも通じます。
島本:ビジネスにおける商取引はやっぱり独立した一人の人間が自分の判断で進めていくことが原型ですし、そういう個人が一緒に成果を出すのを率いていくのがキャプテン。なので、自分でビジネスをするというマインドをちゃんと持った人たちを育てるということが大事だということですね。だから、大企業に入って経営者を目指すことだけがCaptains of Industryが示す意味ではないのですね。今後は、自分で一国一城を率いて、企業を自分で大きくしていくようなスタートアップの創業者もどんどん出てくると思います。
社会のために
田中:この大学で学んだことを、自分のためだけではなく、みんなのために使うのだ、というスタンスが大事でしょう。自分を犠牲にする必要はないけれども、ここで学んだことを自分のためだけに使おうとするのではなく、学んだことを同時に社会全体とか公のためになるように使い、それと共に自分も幸せになっていけるように、そうしたことを目指して学んでほしいと思います。
島本:現在ではビジネスが利潤の追求を超えて、社会問題解決というより大きな意味をもつようになりました。そうした中ではとくに社会全体とか公のためという意識が大事なのは、本当にそのとおりと思います。本学は、商学部が歴史的に中心にあり、今後もそれは変わらないでしょうが、150年の歴史の中で実践的なビジネス教育から次々と独立していくかたちで経済学、法律学、社会学、ソーシャルデータサイエンスなどの幅広い社会科学の分野が発展してきたところも、この大学の面白さであると思います。学生は学ぼうと思えば、他学部の授業もかなり自由に履修できますし、私のように専攻を変えることもできます。また東京科学大学や東京外国語大学との連携もあります。これらもまた本学と似て、特定分野のスペシャリストを育てることを歴史的に使命としてきた大学です。最近ではお茶の水女子大学との連携も始まりました。この与えられたチャンスを最大限活用して、田中先生がおっしゃる通り、自分のためだけではなく、社会のために能力を発揮していただきたいですね。